サドオケラ
徳川吉宗が、
国産生薬生産を頑張った名残りで細々と受け継がれた薬草が有ります。
文献を元に聞き込みし、
かつて羽茂地区で盛んに栽培された
その名をサドオケラ(蒼朮)を探しました✨
まるで宝物探しのようで面白かったです。
このサドオケラを見に
奈良の生薬のスペシャリストがわざわざ来て下さいました。
トウキ王子👑こと
奈良県生薬センターの西原さんと植松さんです。
片道10時間の道のりを、
車で来て下さいました。
わざわざサドオケラの為にです‼️
関わって下さった地元の人には、
〖なんか聞いたことある植物〗が
〖歴史ある大切な薬草〗
に再び昇格した気がします。
いち小娘(私)が
語りつがれた伝承を話しても、
サドオケラの重要性を知っているお年寄りが、昔話として聞かせても、
身近な草は、
どこかないがしろになってしまうのが現状です。
今回、
奈良の生薬のスペシャリストが
サドオケラをわざわざ佐渡まで見に来てくれた事実が、
島の人の意識を変える大きなきっかけになった気がします。
正直絶滅の危機です。
(受け継がれたサドオケラ)
このギリギリのタイミングには
[身近な植物にもっと関心を向けて]
という見えない存在からの強いメッセージを感じました☺️
ここに至るまで
沢山の面白い事が起きました✨
◯サドオケラに急激に惹かれた若者が都会から移住して来た。
◯サドオケラの現状を見に奈良県生薬センターの方が来てくださった。
◯サドオケラを処方している病院を発見。
私の講座を受けて下さった事のあるお医者様だった。
◯大学の教授が協力して下さる事になった。
◯高校生に保全をお願いした所、快よく引き受けて下さった。
等々、
1つの植物が沢山の人を動かしました。
日本のどの地域でも
起こっているもんだいとして、
薬になる草、
つまり漢方薬の原料の栽培者が途絶えてしまう寸前という事情が有ります。
理由は
割に合わなくて生活していけないから、、、。
藁細工と同じですね😭
ひとまず保全できる道筋と、
皆さんへの認知が少し出来たので大きな一歩とします(*^^*)
さて、
次はどんな出会いが有るだろう🎵
最後まで読んで下さってありがとうございます
伊藤邦男先生の本の引用はこちら
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